水産調査のための音響・光学複合システム(J−QUEST)の開発II ―光学システムの開発―
 
著者:橋秀行(漁業生産工学部機械化研究室)・澤田浩一・高尾芳三・安部幸樹(水産情報工学部資源情報工学研究室)・町田憲司・菊元千史・杉本守弘(日本海洋(株))
 
本報告では,深中層性マイクロネクトンなどの精密な測定を目的として開発された,音響・光学複合型の計測システムJ−QUESTのうち,カメラ部分の仕様について述べます(J−QUEST全体および計量魚群探知機(以下,計量魚探)の仕様については別報で述べます)。
直接的な漁獲に頼らない海中生物の調査方法としては,計量魚探を用いた音響的な手法があります。計量魚探は,送受波器から水中に向けて超音波を発信し,計測対象に当たって跳ね返ってきた反射音(エコー)を受信します。受信したエコーを解析すれば,生物の群れの大きさや密度などが推定できます。音波は水中で遠くまで伝播するため,広い範囲を短時間で調べることができます。しかし,生物種や大きさ,姿勢などによって様々に変化するエコーの特徴について,まだ十分な知見がないため,エコーだけを見てもどんな生物を調べているのか分からないことがあります。
計量魚探の問題点を解決する一つの方法として,水中カメラの利用が挙げられます。水中では,陸上に比べて光の減衰が激しいため,光学的に認識できる範囲は限定されます。しかし,対象を映像として捉えることができれば,生物種が一目瞭然に判明します。またカメラを2台以上導入してステレオ方式で使用すれば,対象の大きさや位置,姿勢なども推定できます。ステレオ方式とは,いわゆる三角測量の原理を応用して対象の3次元情報を知る手法です。人間が2つの目でものを見て,その大きさや距離を判断するのと同じ原理です。計量魚探とカメラで同時に同じ対象を捉えれば,生物種や大きさ,位置,姿勢などを確認した上で,エコーを収録することができます。このような情報は,調査船に搭載された計量魚探を用いて調査を行う際に,重要な知見となります。
J−QUESTのカメラには,暗所でも鮮明な映像が得られるHARP(ハープ)撮像管管方式カメラ(以下,HARPカメラ)を用いました。HARPカメラは,一般的な家庭用ビデオカメラなどに比べて1/200程度の最低照度を持ち,わずかな光さえあればそれを増幅して鮮明な映像を得ることができます。海中の生物に光を当てると,光から逃避したり,あるいは光に誘引されたりするなど,その行動に影響を及ぼすことがあります。しかし,HARPカメラなら,海中で照明を使用せずに,自然な状態の生物を撮影できる機会が多くなります。
J−QUESTでは,観察対象の大きさや位置,姿勢,遊泳速度などを推定できるように,HARPカメラを2台搭載し,ステレオ方式で使用しました。ステレオ方式でカメラを使用するときは,2台のカメラの撮影タイミングを同期させる必要があります。特に遊泳移動している魚などを撮影するときは,わずかな時間のずれが大きな誤差となります。そこで,フレームカウンタという装置をJ−QUESTの耐圧容器内部に装備しました。フレームカウンタは,2台のカメラの撮影タイミングを同期させるとともに,それぞれのカメラの映像中に数字を挿入し,同時に撮った映像を確認できるようにする装置です。
観察目的や観察対象に合わせて撮影範囲を調節するため,HARPカメラには,焦点距離の異なる2種類の交換レンズ(焦点距離11mm,23mm)を用意しました。また,調査に適するレンズを確実に選択するため,レンズ選択ガイドラインを作成しました。これにより,調査で必要な撮影範囲,分解能,撮影距離を決定すれば,最適なレンズを簡単に決定できるようになりました。
暗所に強いHARPカメラでも,全く光のない暗闇(夜や大深度域)での撮影は不可能で,照明が必要です。そこで,必要に応じて明るさを調節できる照明装置を設置しました。必要最低限の光量に調節することで,光が魚に与える影響を最小限に抑えます。照明の明るさは15段階に変更可能で,船上部で映像をモニタリングしながらリアルタイムで調節することができます。 
今後は,ステレオ方式による3次元情報の推定精度の評価,照明装置の配光特性の評価を行うとともに,実海域実験を通じてJ−QUESTの実用性を評価し,改良を重ねる予定です。
 
(補足)
2003年12月,完成したJ−QUESTを試験するため,水産庁漁業調査船・開洋丸の航海調査に参加しました。結果,J−QUESTは最大200mの深度で問題なく動作しました。また,調査中,鹿島灘海域(深度約10m)でサンマ魚群に遭遇し,カメラと計量魚探で同時にデータを収録することができました。図2はサンマを捉えた映像の一例です。今後は,サンマの映像から大きさ,姿勢などを推定し,計量魚探機のデータと組み合わせて詳細な解析を行う予定です。