伊勢湾小型底びき網漁業の操業実態と水揚げに関する調査
資料と方法
操業実態調査 離着底兼用トロール網を利用する操業計画を策定するためには,まず現状の操業実態を把握する必要がある。そのため,伊勢湾小型底曳網漁業の1拠点である愛知県豊浜漁港における水揚実態調査および豊浜漁業協同組合に所属する複数のまめ板網漁船における乗船操業調査を2003〜2005年に実施した。乗船操業調査では,1ヶ月に数日,操業船に同行し,操業野帳を記録した。操業野帳には,出・入港時刻,投網時刻,1操業ごとの曳網時間,操業位置,漁獲種名とその重量とした。
水揚資料調査 豊浜漁港における水揚量の変動傾向を把握し,離着底兼用トロール網の漁獲対象種を選定するために,豊浜漁業協同組合と愛知県水産試験場漁業生産研究所が集計している豊浜漁協所属船の月別・種別水揚量と水揚金額の資料(1973〜2004年)を整理し,水揚量・金額の経年変化および主要上位5種について水揚量の変動傾向を示した。
結果と考察
豊浜漁協所属まめ板網漁船の操業実態 夜間操業船は,午後3時に出港して翌朝の午前5時半の朝市前に帰港する。昼間操業船は,午前3時に出港して午後3時半の夕市前に帰港する。操業は,通常1〜3人で行われるが,2人乗り(操舵手と乗組員)の操業船が多い。同漁協所属のまめ板網漁船は,まめ板操業に通年従事する漁業者の他に,のり養殖やイカナゴ漁(2月下旬〜3月上旬)との兼業を行なう漁業者がいる。
操業には,大別して「シャコ網」と「マタカ網」の2種類の網具を対象種に応じて使い分けている。シャコ網は海底に生息するシャコやエビ類などの比較的小型の着底種の漁獲を目的として使用される。マタカ網はスズキ(現地名,マタカ)を主漁獲対象とした網である。網の構成は,上下および脇パネルの4枚網構造の修繕し易さに重点を置いた底曳網である。「シャコ網」の目合は袖網48mm,身網33mm,コッドエンド23.5mm,「マタカ網」は袖網150mm,身網90mm,コッドエンド60mmで構成され,拡網板は長方形の単板拡網板で縦横比は0.40である(松下ら,2005)。曳網速度は約2.5〜3.5ノットである。1操業当りの曳網時間は夏季には約15〜30分で,1日当り15回前後の曳網が行なわれる。他の時季の曳網時間は約30〜60分,1日当り10回前後曳網する。小型機船底曳網漁船の許可トン数は15トン未満の許可であるが,伊勢湾内では12トン以下の操業船が多い。
豊浜漁協所属船の月別・種別水揚量と金額 1973〜2004年のまめ板漁船の水揚量(Fig.1)は,1,000〜1,800トンで推移した。1973〜80年前半にかけて水揚量は2,3年周期で増減を繰り返していた。また,80年後半から90年代の水揚量は1,500トン前後で,1992,98年の水揚量は1,800トンを超えていた。92年の水揚種は1,858トンでマアジ,マアナゴ,シャコ,イボダイ,サルエビ,98年は1,816トンでサルエビ,スズキ,シロサバフグが多く水揚げされた。しかし,1998年以降の水揚量は減少傾向にあり,2004年には1,017トンであった。1983年に同漁協に所属した夜間操業船は48隻,昼間操業船は29隻(朝田ら,1986)で,現地調査によると2005年には夜間操業船21隻,昼間操業船35隻であった。したがって,近年の水揚量減少傾向は,シャコ,マアナゴなどの資源量悪化とまめ板網操業船の減少による影響も考えられる。水揚金額は,水揚量に対応して増減を繰り返しているが,1973年〜1980年後半にかけて徐々に増加した。しかし,1973〜75年は1,500トン前後の水揚量に対し水揚金額は5.5億円前後であり,これは,水揚量上位種であるシャコやマハゼの単価低迷によるものであった。1990年以降の水揚金額は,水揚量の多かった1992,98年を除き,減少傾向であった。近年の水揚量は減少傾向にあるが,水揚金額は徐々に上昇していた。これは,マダコやガザミなど単価の高い着底種の水揚量が増大したことによるものであった。
Fig.2に1973,83,93,2003年の10年毎の水揚量上位5種に関する月別水揚量変化を示した。32年間の水揚種・量を通覧すると,80年代まではシャコの水揚割合が高く,着底種の割合も高い。90年以降,マアジ,スズキなどの離底種が占める割合が高くなった。まめ板網漁業者からの聞き取りによると,その理由の一つは,既存の底曳網に比べて網口が高くなる「マタカ網」が80年代後半に三重県を経て導入されたことによる。
1973年の4月には120トンを越えるシャコの水揚げがあったが,5月以降には徐々に水揚量が減少した。同年のシャコの年間総水揚量は,590トンとなった。4〜10月にかけてマハゼ10〜35トンが水揚げされ,長期に渡って漁獲対象となった。マハゼの年間総水揚量は,197トンでシャコに次ぐ水揚量であった。マアナゴは5〜8月に15〜37トンが水揚げされ,年間総水揚量は120トンであった。コノシロ(Sサイズ)は5,6月の短期間にそれぞれ45,37トン水揚げされ,年間総水揚量は86トンであった。サルエビの漁期は,5〜7月と10〜12月の2回に分かれ,各月に10トンが水揚げされ,年間総水揚量は84トンとなった。まめ板漁船によって,豊浜漁協に水揚げされて流通に乗る魚種は,1973年には50種であった。
1983年のシャコの年間総水揚量は704トンで,1973年と同様に4,5月に多く,特に4月には200トンの水揚量があったが,その後徐々に減少した。サルエビは,5,6月および10,11月に20〜30トンが水揚げされ,年間総水揚量は143トンであった。マアジは7〜9月,特に8月には47トンが水揚げされ,年間総水揚量は83トンとなった。ガザミは7月から徐々に増加し,9,10月に22トンが水揚げされ,年間総水揚量は77トンとなった。カレイ類は毎月5〜10トンが水揚げされ,年間総水揚量は67トンであった。1973,1983年共に主要上位5種の水揚量は年間総水揚量の6割以上を占め,春〜夏季にかけて水揚量が増えた。73〜83年の間も上位5種の入れ替わりはあったが,春〜夏季の主にシャコによる水揚量の増大は同様の傾向であった。また,常にシャコ,マアナゴ,サルエビの3種が上位で水揚げされた。したがって,73〜83年の間は,離底種の水揚量は少なく,着底種を主要漁獲対象として操業していた。1986〜90年には,主要上位5種にウマヅラハギとマアジが入り,ウマヅラハギが年間15〜38トン,マアジが年間20〜30トン水揚げされた。また,ヤマトカマス,スズキ,サバフグなどの離底種の水揚げが徐々に増加した。シャコの水揚量は減少傾向にあったが,依然として主要対象種であった。しかし,サルエビ,マアナゴは主要上位5種から外れる年が多くなった。したがって,資源量の減少傾向を示すシャコやマアナゴに替わり,マアジなどの離底種の漁獲によって水揚金額を維持していた。
1993年には,マアジ,マイワシ,スズキなどの離底種が主に水揚げされた。マアジの水揚量がシャコよりも多くなり,6〜12月の長期に渡って水揚げされた。特に9月には120トンが水揚げされ,年間総水揚量は343トンとなった。シャコの年間総水揚量は166トンで,最盛期の4月には38トンと,1973,83年に比べて水揚量が減少した。サルエビは5〜7月と10,11月に10〜20トンで,年間総水揚量は110トンであった。マイワシは4〜6月に水揚げされ,5月には74トンの水揚量となり,年間総水揚量は85トン,スズキは11,12月に28トンの水揚量があり,年間総水揚量は78トンであった。1995年以降,スズキが年間10〜15トン水揚げされ,主要上位5種に入った。2000年代には,サルエビが主に水揚げされ,シャコは上位5種から外れることもあった。
2003年6〜8月にはマアナゴ150トンが水揚げされ,7月は57トンの水揚げがあった。サルエビは5〜7月と10,11月に10〜20トンが水揚げされ,年間総水揚量は97トン,スズキは11,12月に20〜30トンが水揚げされ,年間総水揚量は92トンであった。次いで,シャコの年間総水揚量は74トンであり,4,5月の最盛期でも10トンの水揚量に留まった。1993年と同様に,2003年のシャコの水揚量は少ない。コノシロは4,5月に25トンが水揚げされ,年間総水揚量は51トンであった。年間総水揚量に占める主要上位5種の水揚量割合は約5割であった。また,豊浜漁港に水揚げされ,流通した魚種は70種を上回った。近年では,シャコなど着底種の水揚量の減少をスズキ,ヤマトカマス,イボダイやサバフグなどの離底種を含む多様な種の漁獲によって水揚金額の維持に繋ぐ傾向が確認された。
以上の結果より,伊勢湾まめ板網漁業の豊浜漁港32年間の水揚げデータにおける種別の出現頻度と水揚量をもとに代表的な離底種・着底種を選定し,Table 1 に示した。
参考文献
朝田英二,船越茂雄,石井克也.沿岸漁船漁業における経済生産性の解明-伊勢湾のまめ板漁業-(昭和60年度).1986;愛水試C集66号:10-26,45-49.
松下吉樹,熊沢泰生,冨山 実,藤田 薫,山崎慎太郎.伊勢湾内の小型機船底びき網漁業で使用されるトロール漁具の設計と曳網中の形状.日水誌 2005 a;71:318-327.
Fig.1 Annual fluctuation on the
landed weight and value of small trawlers at Toyohama fishing port(1973〜2004).