操業方法のマニュアルの開発

 

本研究において開発されたトロール漁具は、近底層から任意の中層に分布する生物を漁獲することを目的にする。また、網が着底している状態においても、オッターボードや索具を海底から離して曳網することで網口の高さを変化させることができる。例えば北欧における中層トロール漁業では、漁具の曳網層や形状を目的とするように変化させるために、漁具の動態監視装置や3rdワイヤと呼ばれる付加的な索具を用いた漁具の制御方法などが用いられる。一方、本研究では漁船の装備変更を行わないため、漁具の曳網層と形状の制御には、曳索長の長さと曳網速力の調節だけで行う必要があり、また、制御した結果を確認する方法も無い。そこで、新たに開発された漁具の運動特性を解明し、その特性に応じて漁業者が意図する曳網水深と漁具の形状を、簡易かつ安全に制御できる方法を求める。

 

 

方法

 

漁具を簡易に制御するための力学モデル

 漁具の運動、特に網の位置を説明するための方法として、関連分野ではこれまでに一入力一出力系の古典制御理論1)やファジー理論による制御2)、最適レギュレータ制御3)、2次元ランプドマスモデルによる制御4)などがこれまでに研究されてきた。本研究では、近年、網の形状予測研究にも用いられ、知見の蓄積が豊富であるランプドマスモデルによる制御を採用した。ランプドマスモデルは船、網、オッターボードそしてこれらを連結する索具類と曳索を有限な数の質点と、それらを結ぶ重さの無い線形直線バネで構成されるモデルとして扱う。 網とオッターボードは、曳索の出し入れと曳網速力の変化によって加速度を伴って運動する。簡易かつ安全な制御を考えた場合、この動的な特性までも考慮する必要がある。ここでは、網とオッターボード、および索具と曳索の各中間点を質点として、Fig..のように2次元ランプドマスモデルを設定し、漁具各部に作用する力が釣り合った状態を計算によって求めた。

このモデルにおける漁具各部(網とオッターボード)の釣り合いは次のように表現される。

網と連結される索具にかかる張力と索具が曳網方向となす迎え角は、網の抵抗と網の水中重量から次のように求められる。

         (1)

           (2)

x z方向の索具の質点の抗力成分をそれぞれx z方向のオッターボードの抗力成分、を索具の長さ、を索具の単位長さ当たりの水中重量とすると、

     (3)

      (4)

  (5)

     (6)

          (7)

           (8)

               (9) 

           (10)

                         (11)

                         (12)

                                 (13)

 

ここで、ρは海水の密度、CDWは索具の抵抗係数、CDOはオッターボードの抵抗係数、Sは流れ方向の投影面積である。抗力成分は対水速力より計算で求まるので、式(3)から(13)によってが順次決定され、漁具各部に作用する力が釣り合った状態の曳網時の曳索の形状が明らかになり、曳網水深も求められる。

次に、力が釣り合った状態(定常状態)における漁具の位置関係を初期位置とし、非定常状態での運動方程式を求める。

質点1の運動方程式は網に作用する流体力に等しいので、

                           (14)

                                                      (15)

また、質点 の運動方程式は

               (16)

                (17)

                                                         (18)

ここで、は網のx方向およびz方向の付加質量を、は要素jの法線方向および接線方向の付加質量を、は張力の水平・垂直成分から抗力の水平・垂直成分を減じた値をそれぞれ示す。なお、は船速の増減などの速度変化に伴い発生する。上の(14)-(17)式を質点ごとに連立させて、数値計算により質点の位置を時系列で求める。上式の計算により、網深さが時系列で求まるので、網を目的の曳網層へ移動させるのに必要な時間の推定が可能となる。

以上の計算に際し、網の抵抗は実際に測定した値から経験式を導き求めた。

 

離着底条件を求める方法について

ある速力・曳索長において、網とオッターボードがFig. 2.の位置(水深)にある場合、水深がA mより大きければ両者とも離底し、B mより小さければ両者とも着底する。また、水深がA mB mの間であれば網は着底し、オッターボードは離底する。同様に、網とオッターボードは速力の大小によっても離着底する。この考えに基づき、開発した新型網と新型オッターボードの離着底条件を求めた。

 

 

結果と考察

 

非定常運動の計算例として、開発されたトロール漁具を曳索長180mにおいて主機関回転数を1700回転(速力2.88ノット)から1850回転(3.12ノット)へ増加した時の水深変化をFig. 3.に示す。漁具の水深はこのように、定常状態に至るまでにある程度の時間が必要となる。次に新型網と新型オッターボードについて、網が着底、オッターボードが離底した状態となる条件を曳索長別に曳網速力と水深の関係によりFig. 4.に示した。例えば曳索長180mにおける曳網条件を示したFig. 4aより、水深30mの漁場における網着底・オッターボード離底条件の速力範囲は3.1-3.3ノット、速力3.2ノットにおける同条件の水深範囲は27-31mと読める。これらの図から、網を着底し、オッターボードを離底して曳網できる水深の範囲は曳網速力が大きいほど狭くなることがわかる。この結果をより簡易に現場で使用できるように,漁業者が通常に使用する曳索長,単位(間,ヒロ)に表示方法を変更して早見図としてFig. 5.に示した。漁業者はまず,魚群探知機などから漁場の水深を確認し,その場所で使用する曳索の長さを決定する。この曳索長に応じてFig. 5.のうちで使用する図を決め,水深からどのような速力で漁具を曳けば,漁具がどのような状態となるかを判断することができる。ここでもし,図から得られた曳網速力が漁船の曳網能力の範囲を超える速い値であったり,漁獲するために適当な速力範囲よりも遅い値であったりする場合には,改めて曳索長を設定し直す必要がある。例えば,水深20ヒロの漁場において曳索長80間で離底曳網をしようとした場合,曳網速力は2.528ノットの間に調整する必要がある。しかしこのように低速で曳網すると,種によっては逃避して漁獲できない可能性もある。そこで曳索長120間の図をみると離底曳網ができる速力範囲は3.13.2ノットと従来の漁具と同様の曳網速力を保つことが可能となる。伊勢湾内では水深の急激な変化は少ないがそれでも水深は曳網中に変化する。その際にはFig. 6.に示したフローチャートをもとに速力の調整を行うことで十分に対応できるものと考える。

以上のように、漁具の曳網速力(対水速力)ごとの抵抗値がわかれば、例えば網やオッターボードの深度は予想が可能である。近年計算機を用いたシミュレーション技術の発展により、速力変化に応じたトロール漁具の抵抗の変化を予測する研究が行われ、シミュレーションソフトも市販されている。45)しかし、開発した網にはこれらの研究で想定されていないカイトが配置されており、実際に適用可能であるか不明である。一方、本研究ではこの漁具に関し、曳網速力毎の網の抵抗を実測して網の抵抗に関する経験式を得た。現状では、この経験式を用いて網の抵抗を予測し、制御に使用する方法がより確実であると考える。ここでは漁具が潮流の影響を受けないものとして計算を行った。しかし伊勢湾内の実際の操業では湾口と湾奥へ向かう流れが交互に発生し、潮流による網の形状や漁具の水深の変動などが生じる。漁具の水深や離着底状況を推定する際にはこの点に留意する必要がある。また、非定常運動の計算に必要な網の付加質量や垂直方向の抗力等については、実海域でのデータに基づいた推定精度の向上が望まれる。

 

 

文献

 

1) 西山作蔵,三浦汀介,中村秀男,清水晋. 中層トロール網の動特性について. 日水誌 1982; 48: 1101-1105

2) Lee CW. ,Lee, JH. ,Kim, IJ. . Application of a fuzzy controller to depth control of a midwater trawl net. Fish. Sci. 2000; 66, 858-862.

3) 梅田直哉. 中層トロール漁具の最適レギュレータ制御系. 水工研研報 1991; 12, 31-41

4) 夫祥. 曳網漁具の制御.  漁具物理学(松田皎編著) 成山堂書店, 東京, 2001; 83-101.

5) Takagi T, Shimizu T, Suzuki K, Hiraishi T, Matsushita Y, Watanabe T. Performance of “NaLA”: a fishing net shape simulator. Fish. Eng. 2003; 40, 125-134

 

 

 

 

 

 

Fig.. トロール漁具のランプドマスモデル

 

 

 

 

Fig. 2. トロール漁具の離着底条件

 

 

 

 

 

 

Fig.3. 増速時における漁具位置の経時変化

 

 

 

 

 

a 曳索長180mにおける曳網条件      b 曳索長150mにおける曳網条件

c 曳索長120mにおける曳網条件

 

Fig. 4. 網着底、オッターボード離底の条件における速力・水深の最大値と最小値

 

 

 

 

Fig. 5. 開発した離着底兼用トロールを着底・離底・中層曳網するための漁場水深,曳網速力,そして曳索長の関係早見図.

(最初に曳索長の長さから使用する表を選び,漁場の水深と曳網速力を確認して漁具がどの状態かをしらべる(赤:着底,黄:離底,青:中層)。例えば曳索長120間で水深が20ヒロの漁場で曳網した場合,曳網速力3.0ノットまでは漁具が完全に着底し,3.1-3.2ノットの間では,網が着底,開口板が離底(離底曳き)します。また,3.3ノット以上では中層曳きとなります。)

 

 

 

Fig. 6. 早見図(Fig.5.)もとに離着底兼用漁具を離着底させるための制御マニュアル.