新型漁具の試設計と模型実験
伊勢湾における小型底曳網漁業の現状の漁業技術を把握して制約条件を明らかにし,この制約条件を満足させる範囲で,小規模でありながら開口面積を可能な限り広く,かつ曳網抵抗を少なくできる構造の高選択性漁具の設計と製作を行う。本研究では現用漁具の漁具形状と曳網抵抗を計測する試験の結果に基づいて新型漁具の試設計を行い,模型実験によってその性能を検証した。
資料と方法
現状の漁船で使用可能かつ新たな操業方式が期待できる新しい漁具の試設計案をいくつか考案し,その模型を製作した。また,新たな漁具模型と比較対照をするために,現用漁具の模型も製作した。
模型はすべて田内の比較則に沿って製作し,縮尺はすべて1/10,目合比は1/2とした。したがって模型と実物の速力比は1/√2,力比は1/200となる。これらをニチモウ渇コ関研究所のトロール実験水槽(図1)において,組み合わせを変えながら実物換算値で1.9ノットおよび3.4ノットの速力で模型を曳網した。曳網中には拡網板と袖網の通過位置を水槽に描かれた10cm毎の実線の位置と比較することで,それらの水平距離を測定した。網口の高さは,曳網台車から5cm毎にマークされた棒を網口に沿わせることで測定した。さらに,網成りと網口の形状を水中カメラと目視で確認するとともにビデオ記録した。そして漁具全体と網の抵抗を曳網台車の曳点に固定されたバネばかりの数値を読みとって計測した。新たな漁具は結果で述べるように底びきと離底びきが可能となるよう設計したので,曳網索の長さを調節して,底びき状態(拡網板から網まですべてが着底)と離底びき状態(拡網板から索具の一部までが離底,網は着底)そして漁具が海底から完全に離れた中層びき状態の3つの状態を再現した実験を実施した。
結果
試設計における意志決定の手順は図2に示すとおりで,本研究のおける目標とその他の考慮すべき事項から,新型漁具に求められる要目を明らかにした。そしてこの要目を達成するために,漁具の構造をどのようにすべきかを検討し,その構造を確保するために検討すべき漁具の部品を抽出した。この部品の組み合わせから,網と拡網板などを準備した。
新たに製作する漁具は,海底から離れた層を遊泳する生物を対象とするため,ある程度の網口の高さが必要となる。これが達成された場合には網の投影面積が従来のものに比べて大きくなるため,漁具の抗力の増加が予想される。使用する漁船の曳網能力は変更できないので抗力の増加をできるだけ抑えた設計が重要となる。また,漁業の現状を考慮した場合,高価な資材を使うことはたとえ新たな漁具が満足のいく性能であったとしても導入の妨げとなる可能性があるため,できるだけ現在普及している資材を使用する必要がある。さらに,伊勢湾では船曳網漁業も盛んであるため,完全な中層トロール漁具の使用はこの漁業との調整問題を引き起こす可能性もあり,新たな漁具は既存の底曳網の範疇に入るよう漁具の一部が着底するような設計が望ましい。このようなことから,新たな網としてAICHI-I型を設計した(図3,4)。この網は現用網やマタカ網と異なり,網とハンドロープと連結する網ペンネントを3本構成(現用は2本)としてペンネントに張力がかかった際に生じる下方向の力(網口高さを減少させる力の成分)をそれぞれのペンネントに分散させ,かつ脇網パネルを大きくして網口高さを現用よりも極端に大きくなるような設計を実現した。グランドロープの構成はシャコやマアナゴなどの漁獲に関連すると考えられるが,この漁獲をゼロとすることは漁具の導入を考えたときに漁業者の同意を得ることが難しいと考え,現用のものをそのまま利用することとした。本研究では,拡網板と索具を離底させ,グランドロープの一部だけを着底させて曳網する状態を「離底曳き」と呼ぶ。現用グランドロープを使用することで,この網は着底曳きと離底曳きの両方の曳網方法を行うことができる。着底曳きの際には,拡網板から網のグランドロープが海底に接地し,生物を網口へと駆集する。また網口高さを維持するために,現用の浮子による浮力の付加を再考し,ヘッドロープカイト(以降,HRカイト)と呼ぶ流体力により揚力を得て,網口高さを得る装置を用いる方法を採用した。現用の浮子による浮力の付加では,浮力が一定であるため曳網速力の増加に伴う抗力の増加により,網口高さが減少する。一方,HRカイトは曳網速力の増加によって揚力も増加するので,曳網速力の変化に対してある程度,網口高さを維持できる。このような網口の投影面積の増加による網の抗力増加を抑えるために,袖網から身網の目合の構成も見直した。現用網とマタカ網の袖網目合が48mmおよび150mmであったことに対して,AICHI-I型は240mmと比較的大きな目合の網地を採用した。また,入網してしまった小型生物を水中で排除するために,身網とコッドエンドの間に新たに選別部位を設け,ここには角目構造の網を採用した。拡網板は網の横方向の開きを決定する重要な部品である。これについては,一つに決定しないで数種類の案を準備して実験に供した(表1および図5)。
網 |
拡網板 |
HRカイト |
現用網:全長29m, HR長25m, 最大目合48mm,最小目合24mm AICHI-I型:全長34m HR長9.2m, 最大目合240mm,最小目合25mm |
現用OB:0.7x1.8m,1.26 m2 現用+カイト 複葉:大 0.6x1.15mx2枚, 1.38 m2 複葉:小 0.5x1mx2枚, 1.0 m2 Super-V型:0.7m2 |
大:0.6x0.5mx2枚, 0.6 m2 小:0.3x0.3mx2枚, 0.18 m2 |
図5.水槽実験に使用した拡網板(左:現用+カイト,中央:複葉型,右:Super-V型)
以上の準備した漁具部品を組み合わせて実験を行い,組み合わせごとの漁具の開き,高さおよび抵抗値を曳網速力別に表2に示した。実験の結果を実船計測結果と比較すると,模型実験で得られた計測値はすべて小さめに得られた。これは,模型の原型となった網と現場計測を行った網の「つくり」が異なる可能性があること,接地(摩擦)抵抗の相違,模型が再現できる限界(資材の柔軟さの相違)の問題などであることが考えられる。ただし,今回準備したそれぞれの模型は,全て田内則に則って作成したので,得られた結果の相互の比較は可能である。
現用の網と拡網板の組み合わせは非常に安定しており,網成りも網地が「だぶつく」部分はほとんど無く,底曳網として非常に合理的に設計されていることが観察より確認された(図6,動画はここから)。現用の網に現用以外の拡網板を連結した場合には,網の抗力と拡網板の揚力のバランスが崩れ,網が横方向に開きすぎたり,狭くなったりといった様子が観察された。また,現用の網にHRカイトを取り付けると,曳網速力が大きくなっても網口高さを維持できた。
AICHI-I型網は,現用の網に比べて網の抗力値が大きくなった(表2)。この網は,通常の底曳網のように着底させて用いるとき(着底時)には,網口の形状が変化し,上・中・下の袖網のうち,中・下の袖網の間の間隙がほとんど無くなり,通常の袖網のような形状を示した(図7)。この着底時の横方向の開きは現用網に比べて小さくなった。一方,着底時でも網口高さはHRカイトを取り付けた現用網と同じ程度の値を示した。
曳網索の長さを調整して,拡網板だけを離底させた場合には,上・中・下の袖網が鉛直方向に拡がり,網口高さが極端に大きくなり,
最大で5.8mの値を得た(図8,動画はここから)。
以上の試設計と模型実験により,AICHI-I型網は伊勢湾の小型底びき網漁船でも使用可能であることが予想されたため,実物の作成と曳網実験へと移行した。
表2.模型網の実験結果(実物換算値)
1.9ノット時 |
|
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|
|
網,HRカイトの有無, 曳網層 |
OB型式 |
OB間隔(m) |
袖先間隔(m) |
網口高さ(m) |
漁具抵抗(kg-f) |
現用 |
現用 |
27.5 |
10 |
1.3 |
510 |
↑ |
複葉:小 |
30 |
11 |
↑ |
540 |
↑ |
Super-V |
19 |
- |
↑ |
430 |
現用+HRカイト小 |
現用 |
26 |
10 |
1.7 |
520 |
↑ |
複葉:小 |
26 |
10 |
↑ |
520 |
現用+HRカイト大 |
現用 |
27 |
10 |
2 |
540 |
↑ |
現用+カイト |
26 |
10 |
↑ |
570 |
↑ |
複葉:小 |
27.5 |
10 |
↑ |
550 |
AICHI-I:着底 |
現用+カイト |
12.5 |
7 |
1.6 |
660 |
↑ |
複葉:大 |
29 |
12 |
↑ |
720 |
↑ |
複葉:小 |
20 |
12 |
↑ |
680 |
AICHI-I:離底 |
複葉:小 |
15 |
7 |
5.8 |
620 |
3.4ノット時 |
|
|
|
|
|
現用 |
現用 |
33.5 |
11 |
0.8* |
980 |
現用+HRカイト小 |
現用 |
31 |
12 |
1.1 |
1060 |
現用+HRカイト大 |
現用 |
29.5 |
11 |
1.7 |
1120 |
↑ |
現用+カイト |
27.5 |
10 |
↑ |
1210 |
↑ |
複葉:小 |
31 |
10 |
↑ |
1130 |
AICHI-I:着底 |
現用 |
19 |
9 |
3.5 |
1380 |
↑ |
現用+カイト |
19.5 |
8 |
↑ |
1420 |
↑ |
複葉:大 |
29 |
- |
↑ |
- |
↑ |
複葉:小 |
20 |
- |
↑ |
- |
AICHI-I:離底 |
現用 |
16 |
7 |
4.5 |
1290 |
↑ |
複葉:大 |
24 |
10 |
↑ |
1540 |
↑ |
複葉:小 |
15 |
- |
↑ |
- |
AICHI-I:中層 |
現用 |
18 |
5 |
- |
1320 |
↑ |
複葉:小 |
11 |
7 |
- |
1200 |
*:曳網速力2.5ノット時
図7.AICHI-I型漁具模型の曳網形状(着底時)
図8.AICHI-I型漁具模型の曳網形状(離底時,左:側面,右:正面)