伊勢湾内の小型機船底びき網漁業で使用されるトロール漁具の設計と曳網中の形状

Designs and configurations of Small-scale Otter Trawl Fishing Gear used in Ise-wan Bay, Aichi, Japan

 

 

 

要旨

伊勢湾の機船小型底びき網漁業で使用される2つのトロール網とオッターボードの構造を明らかにした。トロール網はいずれも長方形の網地を多用した構造で,製作と修理のし易さおよび網地の合理的な使用に配慮した設計であった。これらの漁具の曳網実験を実施したところ,シャコ対象の網とスズキ対象の網の網高さと漁具抵抗はそれぞれ,1.471.79m11.4716.74kNおよび1.611.84m11.5616.10kNで,大きな相違は無かった。漁具抵抗の最大値は漁船の曳網能力の上限を反映していると考えられ,漁具改良を行う場合には,漁具抵抗を最大16.74kN程度に抑える必要がある。

 

キーワード: 小型底びき網漁業,オッタートロール,漁具設計,水中形状,漁具抵抗

 

 

 

Abstract

We investigated designs of an otter board and two trawl nets, designed to target different species; one for mantis shrimp and one for sea bass, used in Ise-wan Bay, Aichi, Japan. Rectangular nettings of retail unit were frequently utilized to construct two trawl nets to simplify manufacture and repair, and not to leave netting scraps. Results from experimental tows showed that the net heights and gear drag forces for a net for mantis shrimp and a net for sea bass were 1.47~1.79m and 11.47~16.74kN, and 1.61~1.84m and 11.56~16.10kN respectively. The net heights of both trawl nets were not quite different although a design of trawl net for sea bass aimed to keep higher mouth opening. Measured maximum drag force (16.74 kN) was considered to reflect maximum towing ability of a fishing boat since maximum drag forces measured with two different trawl net designs were almost equal.

 

 

 

伊勢湾周辺の小型機船底びき網漁業は,愛知県と三重県の1569の経営体(平成13年,全国の約11%)に許可されており,1)この水域の底魚資源を利用する基幹漁業の一つである。この漁業のうち,伊勢湾と三河湾内で操業する「まめ板漁業」と呼ばれる漁業種類は,643隻に許可されており,このうちの15トン未満の255隻が伊勢湾内の操業を許可されている(水産庁Webhttp://www.jfa.maff.go.jp/sigen/isewan.html)。まめ板漁業はオッターボードを装備した漁具を使用するので,小型機船底びき網漁業取締規則上は「その他の小型機船底びき網漁業」に分類され,2)使用される漁具は「トロール漁具」に分類される。3)この漁業では埋在性生物から遊泳性生物まで多様な生物種を漁獲しているが,4)主対象であるシャコOratosquilla oratoriaやマアナゴConger myriasterは近年,資源水準の低下が懸念されており,5)この問題への対応策のひとつとして,特定の種を保護するための漁具改良が検討されている。しかし,漁具の改良を行った結果,漁獲性能が極端に低下した場合にはその漁具をまめ板漁業に導入することは困難である。したがって漁具改良を進めるに当たっては,漁獲性能と密接に関連する,網口の開きなどの漁具形状について漁業者と共通認識を持っておくことが望ましい。6)しかし,現用の漁具は漁業者が試行錯誤を重ねて自作したもので,曳網中の形状がどのようなものかは,漁獲結果などによって想像されているに過ぎない。また,模型実験7)や数値シミュレーション8,9)で形状を推定しようにも詳細な設計図も存在しないのが現状である。

トロール漁具は,網の大きさと曳網中の形状や各部の目合,そして曳網速力を決定して設計される。これらをトロール漁具の設計要目と呼ぶ。このうち網の形状と各部の目合および曳網速力は,それぞれ対象とする生物の対漁具行動と大きさおよび遊泳能力を考慮しながら決定される。そしてより多くの漁獲を得るために,より大きな網を設計しようとする。しかし,トロール漁具の規模は,ウインチの能力や船の曳網能力によって制限されるため,これらを考慮して,より多くの漁獲が望めるように設計要目を決定する必要がある。10) したがって新たなトロール漁具を合理的に設計するためには,漁船の曳網能力を把握しておく必要がある。愛知県は1985年にこの漁業の詳細な調査を実施し,操業実験から漁船と主機関および漁具抵抗のバランスを検討したが,11)それ以後にも漁船や漁具には新たな変更が加えられている(漁業者私信)。

そこで本研究ではまめ板漁業において,シャコやマアナゴを保護できるようトロール漁具を改良するための資料を得ることを目的に,現用漁具の調査と曳網実験を実施し,設計と曳網中の形状および抵抗を明らかした。

 

 

資料と方法

現用漁具に関する調査 愛知県豊浜漁業協同組合所属のまめ板漁業者が使用している,トロール網2式とオッターボード(以降,OBと呼ぶ)1組について調査を行った。2つのトロール網は対象とする生物種によって使い分けるもので,本研究ではこれ以降,シャコを主対象とするときに使用するトロール網をシャコ網と,マタカ(スズキLateolabrax japonicusの地方名)を主対象とするときに使用するトロール網をマタカ網とそれぞれ呼ぶ。OBと網ペンネントを除く索具類は網の種類にかかわらず共通して使われる。これらの漁具の構造は製作する漁業者ごとに少しずつ異なるものの,豊浜漁業協同組合のまめ板漁業者複数名に確認したところそれほど大きな相違は無いとの回答を得た。そこで,これらを伊勢湾内におけるトロール漁具の標準的なものと考え,資材の同定と構造の調査を行った。また,索具の材質と構成については,漁業者からの聞き取りを行った。そして得られた情報から,詳細な漁具設計図面の作成を行った。漁具の設計図の統一的な表記方法は無いが,設計図の情報から漁具が製作できることを念頭に置き,国連食糧農業機構(FAO)が整理・公表した漁具図集12,13)に倣うように作成した。

現用漁具の漁具形状と曳網抵抗の計測試験 曳網実験は20039月に豊浜漁業協同組合所属の小型底びき網漁船(12トン,農林35馬力)によって行った。通常操業における曳網では,主機関の回転数(以降,回転数と呼ぶ)は海底が粗い砂地で覆われた水域(以降,固場と呼ぶ)で18001850rpm程度,海底が泥で覆われた水域(以降,泥場と呼ぶ)で1900rpm前後であった。そこで,回転数を5または10分おきに順次1700, 1800, 1900 rpmに変更して,漁具を真っ直ぐに曳網した。そして,通常の操業と同様に船長の判断で回転数を調節しながら,約180度の左右の旋回を行った。本研究ではこの曳網を1回の実験とした。そして,知多半島西岸地先の2種類の水域(固場で水深22.527mの水域および泥場で水深3040mの水域)においてそれぞれの網を使用して,計5回の実験を実施した(Table 1.)。曳索の長さは水深に応じて150mまたは195mに設定した。曳網速力は,GPSGarmin,

Geko201, 測位精度<15m)により対地速力,舷側に取り付けた電磁流速計(アレック電子,ACM100-D,測定範囲02.0ms-1,精度±2%FS)により対水速力を求めて記録した。

曳網中の漁具の形状を調べるために,網のヘッドロープ(以降,HRと呼ぶ)中央,グランドロープ(以降,GRと呼ぶ)中央にそれぞれ自記式水深計(アレック電子,MDS-MkV/D,分解能0.05m,精度±1%FS)を取り付け,1秒間隔で水深を記録した。記録値は,これらの自記式水深計を水深約4mの静水中に設置して求めた機差から較正した。そして,同時刻のGRHRに取り付けた水深計の計測値の差を海底からHRまでの高さ(以降,網高さと呼ぶ)とした。さらに自記式超音波距離計(Marine Microsystem, NetSet, 分解能0.8m)OBまたは袖網先端に取り付け,OBまたは袖網の開き(以降,それぞれをOB間隔,袖先間隔と呼ぶ)を6秒間隔で記録した。

曳網中の漁具の抵抗は,両舷の曳索の後端に取り付けた自記式張力計(Micrel, Sensor-F,定格容量98kN,精度±0.5%FS)によって1秒間隔で記録した。さらに右舷OBとハンドロープ(bridle14))の間の索具にも自記式張力計(Micrel, Sensor-F,定格容量19.6kN,精度±0.5%FS)を取り付け,1秒間隔で記録した。これらの張力計の内部時計は一台のPCの内部時計によって設定されたので,時刻にずれは無い。同じ時刻の右舷OB船側と網側の張力計の記録値の差を計算することで,右舷OBの抵抗を求めた。

曳網中に速力や曳索長を変更すると,漁具各部にはたらく力が変化してその結果,漁具の形状が変化する。東海黄海の二そう曳網における漁具各部の張力計測では,曳索長を固定してから12分後にほぼ一定の値となることが報告されている。15)そこで本研究では,回転数を固定してから2分以後の2分間の測定値(超音波距離計では20個,それ以外の測器では120個)を平均した値を各条件における代表値とした。これらの計測項目をTable 1にまとめて示した。

 

 

結果

現用漁具の設計に関する調査 2つのトロール網の設計図をFig.1A,BFig.2A,Bに示した。以降では,曳網方向を前,その逆の方向を後ろとして漁具の説明を行う。

2つのトロール網ともに上下および脇パネルより構成される4枚網構造の一般的な底曳網の設計であった。網を構成する網地に落とし目16)が少なく,ベレー(網の底面となる網地,belly) 14)が接合する部分の身網部の脇網(網の側面となる網地,side panel) 14)と,スクエア(網の上面となる網地のうち,GRより前を覆う部分,square) 14)およびベレーと脇網の接合部に挿入された三角形の網地を除いて,長方形の網地を組み合わせてつくられている。

シャコ網の網地はすべてポリエチレン製であり,コッドエンドを含む網の全長は29.08mHR長は25.05mGR長は32.55mであった。目合はシャコ網では海底付近に分布するシャコなどの比較的小型の生物の保持も目標とするために,袖網で48mm,身網で34mm,漁獲物を保持するコッドエンドで23.3mmという配置であった。各部に配されている網地の糸の太さは袖網,スクエアの前端部,ベレーおよびコッドエンドで直径1.2mmR 586 tex 17))と太く,袖網から身網に移行する部分と身網後端で直径1.0mmR 440 tex),その他の身網には身網には直径0.7mmR 220 tex)であった。ベーチング(網の上面となる網地のうち,GRの直上より後方の部分,batings14))の前端より1.9m後ろの位置から後方斜め下向きに長方形の網地がフラッパー(魚が網口へ向けて逃避することを防ぐための構造,flapper14) として取り付けられていた。また,コッドエンドは身網後端のベーチング部に連結するようになっている。このベーチング部の網地は5ヶ所において816目に渡って縦断されていた。この縦断された穴を通過したものだけがコッドエンドに蓄積される構造で,入網物の分離を想定している。HRとスクエアに取り付けられた浮子の浮力の合計は247.1N(25.2kgf)GRに取り付けられた沈子の沈降力(水中重量)は339.1N(34.6kgf)であった。

一方,マタカ網は,スクエアおよびベーチングにナイロンモノフィラメントの網地が配され,その他の部分はポリエチレン製の網地が使われていた。コッドエンドを含む網の全長は33.65mHR長は27.50mGR長は38.90mとシャコ網に比べて若干規模が大きかった。目合は袖網で150mm,身網で90mm,コッドエンドで90-60mmと,スズキの保持を目標とするので網の各部がシャコ網に比べて大きな目合で構成されていた。これらの網地の糸の太さはシャコ網と比べて太く,ベレーとコッドエンド後端部で直径1.6mmR 952 tex),袖網とスクエアの前端部で直径1.4mmR 733 tex),身網部の脇網で直径1.0mmR 440 tex),コッドエンド前端部で直径0.9mmR 725 tex),前端部を除くスクエアとベーチングで直径0.7mmR 438 tex)であった。また,身網とコッドエンドの連結部分に漏斗状の網がフラッパーとして取り付けられていた。HRとスクエアに取り付けられた浮子の浮力の合計は443.7N(45.2kgf),グランドロープに取り付けられた沈子の沈降力(水中重量)は296.2N30.2kgf)で,浮力が沈降力よりも大きく,網だけでは水中で浮く設計であった。

OBは,木製合板をFRPでコーティングした横方向に長い長方形の平板(LxW=0.71x1.77m1.26m2)で,海底と接触する長辺の部分に直径45mmの棒型の鋼材が沓金として取り付けられていた。計測を行ったOBの沓金は摩耗が見られ,その状態での沈降力(水中重量)は35kgf/枚であった。曳網時の姿勢における鉛直方向の重心位置は空中では下端から約1/3にあった。曳索とOBを連結するオッターペンネントにはφ8mm3本のチェーンが使われており,これらが伸張した状態で,曳網方向に対するOBの迎角は30°で曳網中にやや外傾するように長さが調整されていた。

網とOBを連結する索具は,すべてロープにより構成されていた。ハンドロープは「じずり」と呼ばれ,直径28mm,長さ50mのポリエステル製のロープにさらにポリエステル製φ11mmのスパンロープを巻き付けて直径を50mmとしたものを用いていた。このスパンロープは網に近い部分の10mには2重に巻き付けられ,直径は72mmであった。また,ハンドロープと網ペンネント(leg14))との連結部には沈降力約26kgfのチェーンが取り付けられていた。

現用漁具の漁具形状と曳網抵抗の計測試験 2つのトロール網を用いて直進曳網を実施した時の計測項目の平均値を実験ごとにTable 2に示した。マタカ網を用いた実験では超音波距離計の充電池切れのため,OB間隔と袖先間隔が欠測となった。曳網速力の計測では,漁船の対水速力が電磁流速計の計測上限値である2.0ms-1を超える場合も多く,対地速力の計測のみとなった実験もあった。また,同じ実験条件と回転数でも対地速力は異なった(実験#1#2)。しかし,実験毎には回転数の上昇とともに対地速力と漁具の総抵抗値が増加し,網高さは減少する傾向がみられる。すなわち,回転数を上昇させることで漁船の曳網能力も増大し,漁具形状と曳網抵抗を変化させている。そこで本研究では曳網速力の代わりに,回転数を用いて漁具形状と漁具の抵抗を論じることとする。

 シャコ網の形状は回転数と水域ごとに,それぞれ網高さ1.471.79mOB間隔33.037.0m,袖先間隔8.410.8mの間で変化した。ただし,袖先間隔は固場における実験#2だけで計測された。いずれの実験においても回転数が大きくなるにつれて網高さの値は小さくなる傾向が認められた。漁具の総抵抗は11.4716.74kN,右舷OBにかかる抵抗は1.181.99kNであった。漁具抵抗は固場における実験(#1#2)と泥場における実験(#3)では変化すると予想したが,今回の実験条件の範囲内では明確な差はみられなかった。

マタカ網の網高さも,回転数と水域ごとに1.611.84mの間で変化した。袖先間隔とOB間隔は欠測したが,超音波距離計の充電池が尽きる直前の記録(網を投入して,曳索の長さを固定する6秒前の記録)ではOB間隔は9.3mで,実験#2においてシャコ網の曳索の長さを固定する6秒前の値(6.0m)よりも大きかった。漁具の総抵抗は11.5616.10kN,右舷OBにかかる抵抗は1.281.81kNとシャコ網とそれほど変わらない値であった。また,シャコ網における実験結果と同様に,固場と泥場の違いによる明確な差は認められなかった。

次に,曳網しながら旋回を行った時の漁船の航跡は必ずしも円形ではないものの,転舵を開始した地点と終了した地点の間の距離(以降,旋回直径と呼ぶ)は,GPSの記録より145264m(平均186m)であった。この際には両網の形状,抵抗ともに大きな変化が観察された。実験#1(旋回直径は左旋回時264m,右旋回時145m)における計測例をFigs. 3,4に示した。この計測例では旋回直径が比較的大きな左旋回時には,網高さは最大3.8mにまで増大するとともにOB間隔は0mとなり,曳索にかかる張力も減少した。これに対して旋回直径が小さな右旋回時には網高さに2つのピーク値が見られた。旋回を開始した後に網高さは7.1mにまで増大し,その後次第に小さくなるが終了前に再び増大傾向を示し,3.9mの網高さを示した後に減少して,安定した値に落ち着いた。この時のOB間隔は,網高さの最初のピーク時に約19mを保ち,2つめのピーク時には約5mとなった。曳索にかかる張力は左旋回時における値と比べて両舷ともに小さい。これらのことより,左旋回時にはOBと網は漁船の移動速力よりも小さな速力で移動していることに対して,右旋回時には旋回を開始した時点ではOBと網はほとんど移動しておらず,漁船だけが旋回運動を行っていたものと想像できる。そして右旋回が終わる前にOBと網に張力が伝わり漁具が移動を始めた後に,漁具は2つめのピークとして計測された状態となったものと推察される。この状態における網高さとOB間隔および曳索にかかる張力の値は左旋回時のそれらの値と近く,右旋回終了前のOBと網は,左旋回時と同じような挙動をしたものと考えられる。

 

 

考察

 漁具の構造調査と操業時における形状および漁具の抵抗の把握は,漁船の曳網能力に応じた漁具の設計や,現状の技術的問題点を明らかにするために重要であると考えるが,漁業者が経験的に漁具を製作することが多い沿岸漁業において詳細に調べられた例は非常に少ない。本研究で対象としたトロール網は落とし目の無い長方形の網地を多用した構造で,製作と修理のし易さを主眼とし,製作時に網地の切れ端が生じづらいことより購入した網地の合理的な使用にも考慮した結果であると考えられる。脇網の落とし目はベレーに縫合される部分であり,海底との摩擦による漁具の傷み防止や入網する砂泥をベレー部から分離するために,身網とコッドエンドが曳網中に海底に接地しないような配慮であると考えられる。

 2つの網の大きさを比較すると,全長とHR長およびGR長はマタカ網が1.11.2倍程度大きいにすぎない。一般的にトロール網の袖先間隔は,HR長の4060%程度となることが知られている。18) 2つのトロール網は,全長に対するHR長の比率がシャコ網で0.86,マタカ網で0.82と大きな違いが無く,索具も共通して使用されるので,特別に水平方向の拡がりに違いが生じるように設計されていない。一方,欧米でトロール網の規模を表現するために用いられることが多いmouth circumference19)(ベレーの前端部の網断面における全ての網目を伸張した長さ)は,シャコ網で19.49m,マタカ網で29.03mであり,マタカ網の値がシャコ網の値の約1.5倍を示した。以上のことより,マタカ網はシャコ網に比べてGR中央部付近において網の断面積がより大きくなるような設計がなされている。マタカ網は浮子がより多く取り付けられ,その浮力はシャコ網の約1.8倍にも達するので,この設計は網がより高くなるように考慮されていると考えられる。しかし,回転数が同じ場合でもマタカ網の網高さはシャコ網のそれと比較して0.1m程度の増加しかみられなかった。このことより今回の曳網速力範囲においてはマタカ網のmouth circumference付近の網目は十分に広がっておらず,網高さの確保には結びついていないものと考えられる。マタカ網はGRの沈降力を超えるような浮力の浮子が装着されているが,浮子浮力と網の抵抗が釣り合った状態では,網高さはそれほど増加していないことが明らかになった。そこでこれらの漁具の浮力と沈降力について考察する。

水上10)は沖合・遠洋底びき網漁業で使用されるトロール網の浮子浮力とGRの水中重量はそれぞれ,網の抵抗の1020%,浮子浮力の15%増(網の抵抗の11.523%)程度が一般的であることを述べている。仮に本研究では測定していない左舷OBの抵抗が実測された右舷OBと同じであるとして,漁具の総抵抗値から右舷OB2枚分の抵抗値を減じた値をトロール網の抵抗とすると,シャコ網の浮子浮力は網の抵抗の実測値の23%,マタカ網のそれは45%であった。またGRの水中重量は,シャコ網では海底の巣穴の中にいるシャコを掘り起こすように想定しているので37%増(網の抵抗の34%)の値であったが,マタカ網では13%減(網の抵抗の34%)であった。このようにまめ板漁業で使用されるトロール網の浮子浮力やGR重量の配分は沖合・遠洋で使われるトロール網のそれらとは異なる。これは漁船がウインチ以外の漁労機械を装備しないこと,13名程度の乗組員で取り扱わなければならないことから,網,特にGRの重量を小さく抑えようと設計されていることによると考えられる。そしてこれに応じて,浮力も小さく設定されたことになる。また,OBも空中,水中重量ともに他の漁業で使われる同面積程度のOBと比べて軽い(例えば,紀伊水道と東北太平洋岸で操業する小型底びき網漁業で使用されるOBの面積と沈降力(水中重量)はそれぞれ1.1uで120kgf1.6uで280kgf程度である)。一方で,網とOBを連結する索具にそれぞれ沈降力約26kgfのチェーンを取り付け,曳索長/水深の比を4.817.22(Table 1)と曳索を沖合・遠洋底びき網漁業で一般的な曳索長/水深の比(3前後)よりも大きく設定することで網を海底に接地させようとしている。

マタカ網の網高さをより大きくするためには,HR周辺の浮力を増大するか,浮力と反対方向に作用する網の抵抗の下向き成分を減少させる必要がある。しかしマタカ網では,すでにGRの沈降力を超えるような浮力の浮子が装着されており,これ以上浮力を増加させると網が海底に接地しなくなる可能性もある。また,浮力とともに沈降力も増大させることは,上記の理由により制限される。したがって,浮力と反対方向に作用する網の抵抗の下向き成分を減少できるように,網目の拡大や細い網糸の使用などで網の抵抗を減少させたり,HRに連結される網ペンネントの長さをGRに連結されるそれよりも長めに設定することなどが対策として考えられる。しかし,網高さの増加に伴う漁具抵抗の増加を抑えることにも注意を払う必要もある。

シャコ網は身網の後端が袋状の構造(以降,袋と呼ぶ)となっており,コッドエンドはこの袋のベーチング部に連結されていた。コッドエンドが連結される身網ベーチング部の網地は5ヶ所において816目に渡って縦断され,曳網中には網地に穴が空いたような状態になるものと推測される。したがって入網した生物のうち,この穴を通過しないものは一旦は袋に蓄積される。また,袋に蓄積された後に上方に遊泳して穴を通過する生物はコッドエンドに入る。このようにシャコ網は入網したものを分離する構造を有する。類似の構造は我が国沿岸の小型底びき網漁業で使用される漁具で多く採用されており,20,21)曳網中に入網したものをある程度分離することで,漁獲物の傷みを抑えたり,船上における選別作業を軽減したりしようとしている。

次に,漁具の抵抗について考察する。一般に船の曳網能力はプロペラの回転による推進力から船体の抵抗と海況を考慮した安全のための余裕を差し引いたものとなる。わが国では船体の形状や主機関出力およびプロペラ形状は船毎に異なるため,曳網能力もまた船ごとに異なることになる。そこで水上10)は,新造船時にプロペラの製作会社から提供される曳網力曲線から曳網能力を求めた。この方法は漁船やプロペラに関する技術情報の提供が可能である場合には有効であるが,実際には小型漁船の大部分が小規模の造船所で十分な技術的な検討がなされずに試行錯誤を重ねつつ建造されており,22)技術情報を得ることは困難である場合が多い。一方,Koyama23)1960年代にいくつかの大型底びき網漁船における計測結果から,経験的に曳網能力を求める方法を示した。しかし,小型漁船の推進性能は造船所によってばらつきがあるので,24)単純に小型漁船の曳網能力の推定に当てはめることはできない。そこで本研究ではKoyama23)と同様の曳網実験を行い,漁具抵抗を実測して曳網能力を検討した。その結果,漁具の総抵抗値は異なる設計の網2式を使用したにもかかわらず,最大値はシャコ網で16.74kN,マタカ網で16.10kNとほぼ同じであり,この値が漁船の曳網能力の上限を反映していることが推測できる。したがって,漁具の改良や新たな漁具の設計を行う場合には,現状の漁船の曳網能力が制限要因となり,計画した曳網速力で漁具抵抗を最大16.74kN(約1.7トン)程度に抑える必要がある。

曳網実験における直進曳網時の計測値の変動係数をすべての測定項目についてTable 3に示した。この値をみると,網高さ,袖先間隔そしてOB間隔の変動係数は0.010.03の間で,各計測条件においてばらつきが少なく,直進曳網時の漁具の形状が非常に安定していたことが推定できる。一方,漁具抵抗の変動係数は0.010.08の間で,右舷OBの抵抗値の変動係数は0.110.35と他の測定値に比べて極端に大きい。実験#1時の右舷OBの抵抗の変化の例をFig. 5に示す。この抵抗の変化をみると,抵抗値が周期的に約1kNも変化してことがわかる。このような変化の原因として,波の周期成分やOBと海底との摩擦抵抗の変化などが考えられる。しかし,漁具抵抗の計測値にはこのような周期成分が認められないので,波の周期成分がOBの抵抗の変化にだけ影響したとは考えづらい。すなわちOBは海底上を跳ねるように通過しているか,または海底との接地する度合いを周期的に変化させながら通過していることが推測される。OBにかかる抵抗が両舷ともに均等であった仮定とすると,漁具抵抗に占めるOBの抵抗の割合は,2025%程度となる。小山25,26)1960年代に調査した1003000トン級のトロール船(1003500hp)の着底トロール漁具の抵抗の実測値に対するOBの抵抗の計算値の割合は430%と主にOBの形状によりばらついた。これらの研究では,OBの接地による摩擦抵抗は見積もられていないために漁具抵抗に占めるOB抵抗の割合は過小推定である可能性も考えられるが,伊勢湾で使用されるOBと似た形状を持つ横型OBを使用した漁具の総抵抗値に占めるOB抵抗の割合は1530%であり,漁船や漁具の規模が異なるにもかかわらず,本研究で得られた割合と同程度であった。まめ板漁業では,シャコを掘り起こして漁獲するために,網が同じ場所を何度も通過するような旋回曳網を行うことも多く,曳網実験で実施したような旋回直径が数百mといった急な旋回においても安定した姿勢を維持できる横型OB27)を使用している。しかし,漁業調整規則などで限られた曳網能力しか持てない小型漁船では,より揚抗比の大きなOBを用いることで,より抵抗の大きな網を曳くことや曳網速力を増加させることも可能であろう。実際に,紀伊水道や東北太平洋岸で操業する小型底びき網漁業では,揚抗比が高い縦湾曲型や複葉型OBが使用されている。伊勢湾における主要対象種の資源の動向を考慮した場合には,OBの変更による漁船の曳網能力の余裕は,主機関の安全マージンや資源保護のための漁具改良に起因する抵抗増加に対応するために確保することが望ましいと考える。

 

 

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16)小山武夫:水産資材便覧(漁業資材編).北海道新聞社,札幌.1973pp.71-94.

17)International Organization for Standardization: Fishing nets – Designation of netting yarns in the Tex system. International Standard, 858, Switzerland, 1973, 2pp.

18)和田光太:実用トロール漁法,成山堂,東京,1976pp.135-140.

19)Sainsbury, J.C.: Commercial Fishing Methods. Fishing News Books.Oxford, 1996, pp.131-138.

20)東海正・大本茂之・藤森康澄・兼広春之・松田皎:東京湾シャコ小型底曳網における魚種分離効率.日水誌, 63, 715-721(1997).

21)松下吉樹・井上喜洋・信太雅博・野島幸治:沿岸底曳網漁業における混獲防除ウインドーを備えた2階式コッドエンドの開発. 日水誌, 65, 673-679(1999).

22) 小林務・有路實・鈴木四郎:FRP漁船の抵抗試験成績について.漁船研究技報, 31, 1-92(1978).

23)Koyama, T.A calculation method for matching trawl gear to towing power of trawlers. In ”Modern Fishing Gear of the World 3”. Fishing News Books, Surrey, 1971, pp.352-358.

24)小林務:FRP漁船の推進性能について.漁船研究技報, 32, 3-72(1979).

25)小山武夫:大型トローラーにおける数種のトロール漁具についての実験結果とその考察.東海水研報, 43, 13-71(1965).

26)小山武夫:トロール網の抵抗について.日水誌, 33, 74-88(1967).

27)松田皎:拡網板の流体力特性,「漁具物理学」(松田皎編).成山堂,東京,2001pp.43-63.

 


Fig. 1A. Design of trawl fishing gear for mantis shrimp. Net plan, *1 values in the parenthesis show (a denier value of each filament x number of filament), *2-*6 designate seam positions of nettings in the lower left diagram of the net plan.

 

 

 

 

 

 

 

Fig. 1B. Design of trawl fishing gear for mantis shrimp. Rigs, floatation and sinkers.

 

 

 

 

 

 


Fig. 2A. Design of trawl fishing gear for sea bass.A. Net plan, *1 values in the parenthesis show (a denier value of each filament x number of filament) or (twine diameter in millimeter)

 

 

 

 

 

 

 

Fig. 2B. Design of trawl fishing gear for sea bass. Rigs, floatation and sinkers.

 

 

 

 

 

 


 

 

180°turn to port

 

Fig. 3. Changes in OB distance and net height during 180°turns in the experiment #1.

     , OB distance; ●, net height

 

 

 

 

 


 

 

 

 

Fig. 4. Changes in gear drag during 180°turns in the experiment #1.

●, total drag force; , tension of starboard warp; ×, tension of port warp.

 

 

 

 

 

Fig. 5. Record example of drag of starboard OB in a minute.

 

 

 

 

 


 

 

Table 1Types of fishing gear, fishing grounds and measured items in the series of experiment

Experiment number

Fishing gear

Depth of fishing ground (m)

Warp length (m)

Warp length/depth ratio

Bottom type

Measured items

#1

#2

#3

#4

#5

Mantis shrimp net

Mantis shrimp net

Mantis shrimp net

Sea bass net

Sea bass net

22.5

27

40.5

27

34.5

150

150

195

195

195

6.7

5.6

4.8

7.2

5.7

Hard

Hard

Soft

Hard

Soft

Net height, OB distance, Warp Tension, Bridle tension*

Net height, Wing distance, Warp Tension, Bridle tension*

Net height, OB distance, Warp Tension, Bridle tension*

Net height, Warp Tension, Bridle tension*

Net height, Warp Tension, Bridle tension*

Towing speeds were conditioned by changing engine revolution (1600, 1700 and 1800 rpm) and 180°turns both to port and starboard directions were made after straight towing in each experiment.

*Bridle tension was measured only for starboard side.

 

 

 

 

 


Table 2. Results on gear mensuration

 

Mantis shrimp net

 

Sea bass net

 

Exp. No.

 

 

 

Exp. No.

 

 

Engine revolution (rpm)

 

1700

1800

1900

 

 

1700

1800

1900

Towing speed over the water (ms-1)

#1

#2

#3

1.60

>2.0*1

1.70

1.90

>2.0*1

>2.0*1

2.00

>2.0*1

>2.0*1

 

#4

#5

1.85

1.95

>2.0*1

>2.0*1

>2.0*1

>2.0*1

Towing speed over the ground (ms-1)

#1

#2

#3

1.70

1.55

1.72

1.75

1.60

1.90

1.85

1.70

ND

 

#4

#5

1.65

1.80

1.95

1.75

2.10

1.85

Net height (m)

#1

#2

#3

1.79

1.64

1.74

1.70

1.60

1.70

1.69

1.47

1.65

 

#4

#5

1.72

1.84

1.65

1.73

1.61

1.69

Wing spread (m)

#1

#2

#3

ND*2

10.8

ND*2

ND*2

8.4

ND*2

ND*2

8.5

ND*2

 

#4

#5

ND*3

ND*3

ND*3

ND*3

ND*3

ND*3

OB distance (m)

#1

#2

#3

35.8

ND*2

37.0

35.8

ND*2

36.3

37.0

ND*2

33.0

 

#4

#5

ND*3

ND*3

ND*3

ND*3

ND*3

ND*3

Drag of starboard OB (kN)

#1

#2

#3

1.44

1.19

1.18

1.67

1.34

1.39

1.99

1.61

1.55

 

#4

#5

1.51

1.28

1.57

1.58

1.81

1.76

Gear drag (kN)

#1

#2

#3

12.88

11.47

11.84

14.41

12.35

12.99

16.74

14.44

14.59

 

#4

#5

12.67

11.56

14.34

12.84

16.10

14.09

*1, speed exceeded the maximum measurement limit (2 ms-1); *2, not measured; *3, battery ran down.

 

 

 

 


 

Table 3. Coefficient of variation values for measured items

 

Mantis shrimp net

 

Sea bass net

 

Exp. No.

 

 

 

Exp. No.

 

 

Engine revolution (rpm)

 

1700

1800

1900

 

 

1700

1800

1900

Net height

#1

#2

#3

0.01

0.02

0.01

0.01

0.01

0.02

0.02

0.02

0.01

 

#4

#5

0.01

0.02

0.01

0.01

0.01

0.01

Wing spread

#1

#2

#3

ND*2

0.01

ND*2

ND*2

0.01

ND*2

ND*2

0.01

ND*2

 

#4

#5

ND*3

ND*3

ND*3

ND*3

ND*3

ND*3

OB distance

#1

#2

#3

0.00

ND*2

0.01

0.00

ND*2

0.01

0.01

ND*2

0.01

 

#4

#5

ND*3

ND*3

ND*3

ND*3

ND*3

ND*3

Drag of starboard OB

#1

#2

#3

0.13

0.31

0.27

0.11

0.34

0.18

0.14

0.22

0.17

 

#4

#5

0.35

0.13

0.18

0.12

0.16

0.14

Gear drag

#1

#2

#3

0.01

0.03

0.03

0.02

0.03

0.02

0.01

0.03

0.02

 

#4

#5

0.08

0.01

0.03

0.01

0.02

0.02

*1, speed exceeded the maximum measurement limit (2 ms-1); *2, not measured; *3, battery ran down.